ホスト体験記4

 

我々は明らかにホストであった。


新人研修所兼休憩所の潰れたバーから出て店まで歩く。どう見ても仕事帰りのサラリーマンとは思えない、全員黒のスーツに開襟シャツ。歌舞伎町に溶け込んでいるという、得体の知れない高揚感と緊張感が漲った。


いざ店内へのドアが開けられた。


店内は数時間前面接した時と雰囲気はガラリと変わり、光は落とされ青のレーザーが走り、大音量のトランス(ユーロビート寄り)が流れる。 1人、また1人と番頭に誘導されお客の席へと消えていく... 程なく俺も誘導された。


もう腹をくくるしかない。



誘導された席は、数歩歩いて段差を降りた位置にあった。ソファに1人の女性が大人しそうに座っていた。川島なおみの顔の輪郭と雰囲気に、目の辺りは内田有紀にしたような「サヨリ」という子であった。ロングヘアの茶髪でノースリーブの厚手の真っ赤な上着に白いミニスカートであるが、ハイソな雰囲気。 


内心胸をなでおろした。


お客の大半は、金髪にパンダメイクでパラパラを即興で踊れそうな女性陣ばっかりだったからだ。



「本日、体験入店したナツキといいます。よろしくお願いします。」


「へぇ、そうなんだぁ、礼儀正しいねぇ。どうぞどうぞ。」

#体験入店者は、初日は終始敬語を使えと言われていた。



テーブルマナーで習ったとおり、ビールタンブラーに真露を入れお客さんのグラスより低い位置から無事に乾杯した。


相手していた先輩ホストが


「おい、ナツキ、趣味は中国語だって?かわってんなぁ、じゃぁ、何でもいいから喋ってみろっ!」



「◎▲○×△☆↓・・・・・・・・・・・・#〇Φ∑ζ≫ヾ∬⇔%$」



「おっ!! 本当に喋れんだ。」


そこに絡んで来たのが、隣にいた入店して1ヶ月目の爽やかな、三宅健似のアッシュであった。「じゃ、俺はフランス語で」とサヨリへの「熱いメッセージ」を何やら喋り、彼女のコースターの裏にそのフレーズを書き「あとで辞書で調べてね」と言う。サヨリは「わかーんない、読み方わかんないからカタカナで書いて」。


「カタカナって言われても困るよ。表現出来ないし」


その一言で、彼のフランス語は出任せでなくホンモノなんだと思った。確かに中国語をカタカナで書けと言われても困るのと同じだ。厳密にはカタカナでなんか書けるわけがない。

アッシュが言う。「ナツキ、筋トレも趣味なの?じゃ、腹筋触らせてよ。どれどれ、、、うーん、まだちょっと甘いかな。俺の触ってみなよ」。 ガチガチに硬く6つに割れているのが上着からでも分かった。「アッシュさん、凄いですよ、これ。ジムでも行ってるのですか?」



「俺ね、ICUの体育部のエースなんだ。だから毎日鍛えてるよ。」



ICUって、、、、国際基督教大学!!



以前ICUに所用で行く機会があったとき学生が如何に他大学とは違っていた。 


日本も捨てたもんじゃない、学生の鏡のような面々が 醸し出す異空間に圧倒された記憶がある、 


まさかそこの学生の、しかも体育会のエースが、ホストとは...彼は、「インテリ体育会系」という異色ホストだ。(なんだか就活に強そうな気がする)


アッシュとは、語学、筋トレ繋がりで、お客さんの席なのに話が弾み「何かホストで困ったことあったら連絡頂戴よ」とお客さん用の名刺をくれた。

アッシュが退席すると次から次へと新人ホストが顔を売りにやってくる。新人が多いから「お名前なんですか?」「可愛いですね」など同じことを何度も聞かれるサヨリ。それでも彼女は笑顔を絶やさず丁寧に答える。常時彼女には俺を含め3~4人の男がいた。


体入者は、自分からお客さんに話しかける必要はないと言われていたので、彼らとのやりとりから分かったサヨリとは...


彼女の職業は「ここのような(ホストクラブ)とこ」というから、要はキャバ嬢らしい。道理で俺のようなつたない新人にも優しく接してくれるわけだ。 キャバ嬢と言っても世間のイメージするケバケバしさは感じられない。

店舗閉鎖で今は求職中とのこと。お金が無くなる一方なので漫画喫茶は重宝している。出身は群馬で今は西船の実家通い。今日は職探しのついでに「息抜き」に来た。年齢は22歳。一般の22歳と比べると大人に見える。(老けてるいう意味ではなく)


一時退席しトイレへ。大音量の店内とは違い静かでで落ち着くが、入れ替わり立ち替りホストが入ってくる。ちょっとしたオアシス空間のように感じられた。トイレ内にはお絞りがまとめて5、6本無造作におかれてあった。嘔吐用だろうか。


トイレから出ようとすると、サヨリをメインで相手していた先輩ホストが入ってきた。さっきまでのハイテンションの笑顔がなく疲れきり、思いっきり素になっていた。



ナツキ、なんでホストなりたい?やっぱカネだろ、カネ。
だけどなぁ、なかなか客掴めねぇんだよなぁ。



随分と弱気であった。彼もまだ新人で苦労を積み上げてる段階なのだ。


席に戻り、俺の眼鏡が話題になりみんなでかけてみて、誰が一番似合うかとかで盛り上がる。俺は眼鏡じゃないほうが良いと言われる(どうなんだか)。



その直後、店内の照明が突然落とされ、騒然となった。
一部のホストが集団となって一箇所へ殺到しだす。
暗闇の中、青と赤のレーザーが一層強烈に感じる。
全ての陰影を際立たせ、何かが始まった。









----つづく-----